糖質制限で減量したり、現状維持に挑戦する記録

高寺伸吾・45歳。2015年頃、都合9ヶ月間で約38kg減量。今は食生活を昔に戻しつつ、ジョギング等で体を鍛えながら減量中。

9/13 2078日目 ケンタッキー奪取事案

朝の体重:88.0kg (2016/5/1の74.2kgから+13.8g 昨日から-0.2kg)

<朝>

この時期、就寝中の室温管理が難しい。私は基本的には窓を開けっ放しにして扇風機で寝ているのだが、寒くて目が覚めて止めると、今度は暑くて目が覚めたり…、の繰り返しだ。そして陽が上がってくるとまた目が覚めてカーテンを閉めて再度寝たり…。

この時期、エアコン使うまでではないと思うのだが、皆さんはやっぱりまだエアコン使ってるのだろうか?

やがて起床する。入浴を済ませてゼロペプシを飲む。今日も自宅作業だ。自室で水を飲みながら作業を行う。タスクを整理すると先週から今週にぶん投げていた件がけっこうある。一つづつ対応していく。けっこう骨が折れるなぁ。(自分のせいだが。)

<昼>

作業を一旦中断し、昼食を調理して頂く。先日、冷凍鴨肉を買っておいたので解凍し、鴨南蛮を調理。麺は豆腐干糸だ。面倒なので一袋茹でてしまった。我ながら旨し!

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食後、郵便出しがてらコンビニでアイスコーヒーを購入。帰宅して飲みながら作業午後の部の開始だ。外出から帰った母が鴨南蛮の豆腐干糸を頂いていた。

ひとまず昼間のうちに対応すべき作業は終わり、夜に対応すれば良い件は後回しにしていつもよりは遅めの時間に仮店じまい。昨日のゴルフ練習の筋肉痛はあるもののランニングに出ることに。

家を出るとむわーっと夏独特の暑さが。前回のランニングの日で最後の夏の暑さだと思ってたんだけどなー。

近くの公園へ歩いて行き、準備運動をして走り始める。まぁ、この暑さではどっぷり汗が流れる。

コース中にいい感じの満開&撮影しやすい高さに咲いていた金木犀の花が。暑いが季節は確実に秋に移行しつつあるようだ。そしてやはり良い香りだ。

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いつもの公園にゴール。ハーブ園の水道で手洗・うがい・顔を洗えばさっぱり。

先ほど家を出た頃と比較すると陽がだいぶ沈んでおり、吹く風は涼やかで改めて秋の訪れを感じる。神社を詣でて帰路に就く。

<夜>

とはいえ日常的にはまだまだ暑いので、水シャワーを浴びてさっぱり。

どうも今日は何となくケンタッキーを食べたく浴後に改めて買いに行くことに。母と私とでは少し多いかなー的な量を買って帰る。100円プラスで倍の量のナゲットを購入できるのであれば無視できん。

家に戻って0ビール・緑茶ハイで乾杯だ。昼の残りの豆腐干糸は春雨サラダの春雨代わりに、鴨南蛮の汁は煮物の汁に再利用されていた。旨し!

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妹が「仕事で帰りが遅くなる」事情により、我が家の近くの学童に居る姪っ子(小2)を一旦我が家で預かることになり、ばばぁ(以前、妹の「ばぁば」の誤植LINE以降、私と妹との共通呼称)が姪っ子を迎えに行って連れて帰ってきた。

結果、ケンタッキー類の多くは姪っ子によって一掃されてしまった。来襲を知っていればもうちょっと多めに買っておいたが。

腹をいっぱいにした姪っ子(この後、自宅では今夜のおかず、回鍋肉を食べるらしい)は宿題をし始める。算数のドリル「101-5」のように、100桁から10桁に借りてき、更に1桁に貸して数式を求める式を解いていくようである。

算数の後は国語だ。「わにのおじいさんのたからもの」という物語の音読のようだ。私は姪っ子の読む文字を追いかけながらハイボール片手に付き合う。

 

ざっくりこのストーリーを紹介すると(酒を飲んだ後の曖昧な記憶なので違うかもしれんが)、「鬼の子」が冒険する物語のようだ。

鬼の子が冒険中に川辺に黙っている老ワニを発見する。「あなたはおじいさん?おばあさん?」などと尋ねても反応がないので寝てる(死んでる!?)と思い、鬼の子は枯れ葉をワニにいっぱい盛ってやった。

するとやがてワニは眼を覚まし、「長い旅の結果疲れて寝てた」のだとか。ワニは宝物を持っていて、それを奪おうとした者たちから逃げていたらしい。

鬼の子は「宝物」の概念を知らなかった。ワニのジジイ(会話の結果、おじいさんだった)は「宝物を知らないだと!?」と驚く。

なぜなら鬼の子は「桃太郎」という輩が先祖から宝物を奪っていって以降、宝物とやらを見たことが無いからとのこと。(ここでいきなり桃太郎!?ほうほう、けっこう急な展開でおもろいなー、と思いつつ、同時にこれを思い出した。ははぁん、H堂、さてはこの話の発想をインスパイアしたのだろうな、と。)

そんな欲の無い鬼の子が与えてくれた枯れ葉の布団に感謝したワニのジジイは宝物を隠した地図を鬼の子に託す。「これで私”も”安心して旅立てる」と言い残して。

地図を受けた鬼の子は大変な道中を苦労してくぐり抜けて地図の目的地に到着する。そこは山の頂で、これまで観たこともないような夕焼け?の素晴らしい光景があった。鬼の子は眺めながら「これがワニのジジイがくれた宝物なのか」と感動する。帽子を取りながら。足元に宝箱があるにもかかわらず…。<END>

 

なるほど。一読した限り、小2(8歳)には物語を感じるには難しいだろうな。読んだままでは「ふぅーん」で終わるだろうな、と。

なので姪っ子がどう感じているのかインタビューした。「何故、ワニジジイは鬼の子に宝の在処を教えたのだろう?」「ワニジジイの奥さん(ばばぁ)はどうしたんだろう?」「なんで鬼の子は帽子を取ったんだろう?」「宝箱には何が入ってたんだろうね?」などなど。

子供なので突拍子も無い答えも多かった。だが、それを頭から否定するのは良くない。なるほど?と意見を聞きつつ、「こんな感じ(曖昧で婉曲な表現)じゃないかなー。どう思うー?」などとディスカッションを行う。

私は大学受験は部活動の実績結果で推薦でどうにかなったものの、もしどうにかならなければ、英語+現代文+小論文(屁理屈の明文化は得意)で対戦するつもりで準備していた。

社会系は何となくまだ追えていたがどれも不得意。理数系(と古文)はかなり早い段階から「こりゃもうダメだー」と匙を投げていた。数学でよく聞く「微分積分」、これが何を表現しようとしているのか共有できた瞬間が生涯無い。(試しにググってみた。なるほど。久々に「自分は『何が分からない』かが分からない」感覚を体験するには良いググりだ。)

姪っ子とのディスカッション中、心の中で「兄ちゃんがそこそこ教えられるのは英語と現代文だけだぜー。算数もドリルの段階までだぜー。(姪っ子パパの弟さんが高校の数学の先生なので、数学はそっちに全部訊いてくれー)」と。算数を私が君に教えられるのはあと僅か数年だ。

ところで、数時間後に「わにのおじいさんのたからもの」でググってみると面白いように小学校の教育指導案?の類しか出てこない。「あらすじ」や「書評」を期待していたのだが。

指導案?を参照していると多くは理解できる内容であった。だがその一方で、中には明らかに「それ、どんな意図での問いかけ?想定回答例も意味わかんねー!」「もともとあんたの偏った解釈からのその指導はダメでしょ?」な内容も少なくなくもなく。

43歳のおっさんである私が、8歳の姪っ子と初めて読んだ数ページの童話。その内容だけでなく、姪っ子との内容についてのディスカッション中でも私自身発見できることが少なくなかった。「この話からはこう受け取るべし」な一方方向ではなく、自由な議論が豊かな情操教育に重要ではなかろうか。

大学受験の「現代文の設問を解答するテクニック」「採点者にウケる小論文執筆テクニック」を学ぶにはまだ数年後で良い。

 

そんな姪っ子と私とのやり取りが暇で仕方なかったのだろう。黒猫「ポンすけ」はまるで死んだようにぐてーんと寝ていた。

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15歳のジジイ猫(飼い猫の平均寿命)なのでほんとに死んでないかちと心配するが尻尾はぴったんぴったんと揺れているので大丈夫のようだ。

やがて妹が姪っ子を迎えに来て帰宅した。その後、オリンピック等で全然放送がなかった「鶴瓶の家族で乾杯」をたまたま視聴。やはり鶴瓶は流石だ。どんどんとぐいぐい相手を引き出してくる。逆に、相棒のK氏のインタビューの組み立てなどの甘さが目についてしまう。だが総じてやはり良い番組だ。

食後、ハイボール片手に自室へ。作業はけっこう残しているのだ。諸々対応していく。途中、深夜だが電話なども交わしながら。提案書をようやくまとめて送付したり。

作業や調整を終えたのは久々にてっぺん過ぎだった。その後、少しゆっくり過ごして就寝した。